劇団 希望舞台 - 釈迦内柩唄

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劇団・希望舞台 演目 釈迦内柩唄

「釈迦内柩唄」
心ゆさぶるコスモスの詩、人の花

「花は死んだものの顔だでや・・・」

−わけへだてなき人間のやさしさと、それゆえの勇気・・・・・。

−現代に問いかける、たからかな人間賛歌。 

水上勉 作「釈迦内柩唄」。

希望舞台 釈迦内柩唄 ストーリー 



  釈迦内は 秋田県の、花岡鉱山近くにあった在所の地名。その地で親の代からつづいた死体焼き場の仕事をしている家族。その仕事を引き継ぐことになった女隠亡(おんなオンボ)ふじ子の物語。

 職業ゆえに人からは忌み嫌われ、蔑まれ、その仕事 で生活する家族、そこには家族の深い絆と愛情、わけへだてのない人に対するやさしさがありました。
 酒を呑まずにはいられなかった父、その父が山の畑いっぱいに育てたのは人の灰で育ったコスモスだった。人の顔かたちが違うように、コスモスの花 もまた、ひとつひとつ違って風に揺られて咲いている。 「こいはお母はんがもしれねぇな・・・。あっちの白ぇ花っこは朝鮮の崔さんがもしれね。花は死んだのの顔だでゃ・・・」と父・弥太郎は語るのだった。 ふじ子はこのとき「お父の仕事」を継ごうと思ったのだ。

 父・弥太郎が死んだ日、ふじ子は父親を焼くカマの 掃除をしているところから舞台は始まります。ふじ子の胸に、さまざまな家族の思いでが よみがえります。二人の姉のこと、お母はんのこと、 花岡鉱山 ※1から逃げてきた朝鮮人の崔さんのこと、そして憲兵 に殺された崔さんを焼かなければならなかった日のことなど・・・・・・・。
 
 シャンシャンシャン・・・・・・コスモス畑を抜けてくる馬車の鈴の音。いつもは棺桶を運んでくる馬車が、今日は姉さんたちを乗せてくる。 家を離れて遠くに暮らす姉たちが帰ってくるのだ。お父を弔うために・・・。張りつめていたふじ子の顔には涙があふれ、 喜びの表情にみちあふれているのであった。


希望舞台 釈迦内柩唄 ストーリー

希望舞台 釈迦内柩唄 ストーリー

※1 釈迦内柩唄は”創作フィクション”の物語ですが、”崔さん”件は、 戦時中の花岡鉱山での悲劇「花岡事件」がモチーフとされています。



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